キャリアパス介護職員等の処遇改善加算要件の一つとなっているキャリアパス。加算を受けるという目的だけではなく、本来の趣旨に基づき職員のキャリアアップと人材確保に向けて適切な制度設計が求められています。 関連制度:介護職員処遇改善加算 |
目次
1 キャリアパスとは
1-1 キャリアパスとは
キャリアパスとは、「キャリア」と「パス」を合わせた造語です。
「キャリア」は、経歴や職歴といった意味、「パス」には、「道」という意味があります。
これらから「(目標とする)職務経歴に向かって進んでいく道すじ」という意味で捉えることができます。
1-2 キャリアパスが必要となる背景
高齢者福祉、障がい者福祉の現場では、深刻な人材不足が課題となっています。
人材を確保するための方法として、「人材採用数を増加すること」、「採用した人材を定着させること」の2つの課題に取り組む必要があります。
そのうち採用した人材を定着させる取り組みの一つとして、キャリアパス制度の導入が有効であると考えられています。
実際に福祉人材からは「仕事にやりがいは感じているが、キャリアアップが困難である」といった声があがっています。
この課題を解決するにあたって処遇改善加算を通じてキャリアパス制度の構築を図ろうというものです。
2 キャリアパス要件の概要
処遇改善加算制度におけるキャリアパスについて説明します。
処遇改善加算要件において、キャリアパス要件Ⅰ~Ⅲを設けています。
2-1 キャリアパス要件Ⅰ
次のイ、ロ及びハの全てに適合すること。
イ 介護職員の任用の際における職位、職責又は職務内容等に応じた任用等の要件(介護職員の賃金に関するものを含む。)を定めていること。
ロ イに掲げる職位、職責又は職務内容等に応じた賃金体系(一時金等の臨時的に支払われるものを除く。)について定めていること。
ハ イ及びロの内容について就業規則等の明確な根拠規定を書面で整備し、すべての介護職員に周知していること。
2-2 キャリアパス要件Ⅱ
次のイ及びロの全てに適合すること。
イ 介護職員の職務内容等を踏まえ、介護職員と意見を交換しながら、資質向上の目標及び一又は二に掲げる事項に関する具体的な計画を策定し、当該計画に係る研修の実施又は研修の機会を確保していること。
一 資質向上のための計画に沿って、研修機会の提供又は技術指導等を実施(OJT、OFF-JT等)するとともに、介護職員の能力評価を行うこと。
二 資格取得のための支援(研修受講のための勤務シフトの調整、休暇の付与、費用(交通費、受講料等)の援助等)を実施すること。ロ イについて、全ての介護職員に周知していること。
2-3 キャリアパス要件Ⅲ
イ 介護職員について、経験若しくは資格等に応じて昇給する仕組み又は一定の基準に基づき昇給を判定する仕組みを設けていること。具体的には、次の一から三までのいずれかに該当する仕組みであること。
一 経験に応じて昇給する仕組み
「勤続年数」や「経験年数」などに応じて昇給する仕組みであること
二 資格等に応じて昇給する仕組み
「介護福祉士」や「実務者研修修了者」などの資格取得に応じて昇給する仕組みであること。ただし、介護福祉士資格を有して当該事業所や法人で就業する者についても昇給が図られる仕組みであることを要する。
三 一定の基準に基づき定期に昇給を判定する仕組み
「実技試験」や「実務者研修修了者」などの取得に応じて昇給する仕組みであること。ただし、客観的な評価基準や昇給条件が明文化されていることを要する。ロ イの内容について、就業規則等の明確な根拠規定を書面で整備し、全ての介護職員に周知していること。
3 用語の意味(定義)
キャリアパス要件には、聞き慣れない人事労務用語が見られることがあります。
(この人事労務用語がキャリアパス制度導入に躊躇する一因となっています。)
したがいまして、はじめに用語について少し説明いたします。
3-1 職位
職務上(仕事上)の地位のことです。
一般企業であれば部長や課長といったもの。また、管理職や一般職などといった職位があげられます。
事業所ごとにその地位はさまざま存在します。
3-2 職責
職務上(仕事上)の責任のことです。
その仕事での役割において生じる責任であり、一般的には職位が上がれば職責も重くなります。
事業所ごとに職位に違いがあるのと同じく職責も違います。
3-3 職務内容
職務(仕事)の内容のことです。
職位ごとに任される職務内容は難易度が上がります。
中小企業では職務内容とその範囲が明確にされていない場合も多く、そのため限られた人材に業務が集中することがあります。
3-4 任用等の要件
「任用」とは、職務に用いること、職務を任せることをいいます。
職位に就かせる条件という意味で、任用等の要件という言葉を使用しています。
任用しようとする職位についてその職責を果たすことができる条件を設ける必要があります。
3-5 賃金体系
賃金の要素と組み合わせをいいます。
基本給と諸手当の組み合わせが一般的であり、さらに基本給については、年齢や勤続年数、能力、職務など、さまざまな支給基準が存在しています。
職位や職責、または職務内容に応じて、賃金体系を設計することとなります。
3-6 就業規則等
事業所ごとに働く上でのルールを定めたものです。
労働者数が10人以上であれば、作成して届出る義務が生じます。
10人未満であってももちろん作成することはできます。キャリアパス制度を就業規則やその他の文書で明文化することもできます。
4 キャリアパスで定めること
4-1 キャリアパスの事例
キャリアパスのイメージをつかむために事例を紹介します。
全国社会福祉施設経営者協議会介護保険事業経営委員会が作成した「介護保険事業を経営する社会福祉法人における職員のキャリアパスの構築にむけて ~キャリアパスガイドライン~」で示されたキャリアパスの事例です。例1と例2が示されており、例2は小規模法人、在宅事業所の例示となっています。
(全国社会福祉施設経営者協議会「介護保険事業を経営する社会福祉法人における職員のキャリアパスの構築にむけて~キャリアパスガイドライン~」)
例2は、小規模法人、在宅事業所の例示をしたものです。
組織の規模に応じて職位、職責などの階層が少なくなります。実態に即した形のキャリアパスを構築することとなります。
(全国社会福祉施設経営者協議会「介護保険事業を経営する社会福祉法人における職員のキャリアパスの構築にむけて~キャリアパスガイドライン~」)
4-2 キャリアパスで定めること
キャリアパスで定める事項は、キャリアパス要件によって異なりますが、キャリアパスⅠ~Ⅲのすべての要件を満たすことを想定した場合、次のとおりとなります。
(1)職位・職責・職務内容
(2)任用の要件
(3)賃金体系
(4)人材育成
5 職位・職責・職務内容
キャリアパス制度は、介護職員に対し、上位の職位に向けての道すじを明らかにするものであるため、2段階以上の職位を定めることが求められます。
職位は、各事業所が設定した組織上の地位をいいます。
その職位に対する責任や役割(職責)、職位ごとに任される具体的な職務内容を定めます。
【職位・職責・職務内容の例】
職位 | 職位のレベルイメージ | 職責(組織における役割) | 職務内容 |
施設長 | 施設のマネジメントを行う管理職 | 管理職として施設を運営管理し、施設の目標達成する。 | ・施設の方向性の明示と浸透 ・施設計画の策定と進捗管理 ・管理職の育成 |
部課長 | 部門業務の指揮監督者 | 部門業務の責任者として、部門の運営管理を行う。 | ・部門計画の策定と進捗管理 ・部門の課題抽出と改善 ・管理職の育成 |
主任 | 現場リーダー | 現場リーダーとして、対応困難な高度な介護業務を処理するとともに、後輩・新人の指導を行う。 | ・チームの管理と調整 ・チーム計画策定と進捗管理 ・部下の育成 |
班長 | 熟練者 | 介護業務全般を確実に遂行するとともに、後輩・新人の指導を行う。 | ・高度な介護業務 ・業務報告の取りまとめ ・部下、同僚への指導助言 |
一般職(中級) | 一人前 | 基本的な介護業務を確実に遂行する。 | ・基本的な介護業務 ・業務報告 ・業務の改善提案 |
一般職(初級) | 新人 | 指導を受けながら補助的・基礎的な介護業務に従事する。 | ・基礎的な介護業務 ・業務報告 ・介護知識の早期習得 |
事業所ごとに職位の階層や職責、職務内容の考え方が違いますので、実態に合わせて検討する必要があります。
例えば小規模事業所で職位階層が少ない場合や、途中のキャリアパスが総合職と専門職に分かれるケースなどさまざまです。
【職位4階層の例】
職位 | 職位のレベルイメージ | 職責(組織における役割) | 職務内容 |
施設長 | 施設のマネジメントを行う管理職 | 管理職として施設を運営管理し、施設の目標達成する。 | ・施設の方向性の明示と浸透 ・施設計画の策定と進捗管理 ・管理職の育成 |
部課長 | 部門業務の指揮監督者 | 部門業務の責任者として、部門の運営管理を行う。 | ・部門の計画策定と進捗管理 ・部門の課題抽出と改善 ・部下の育成 |
一般職(上級) | ベテラン | 介護業務全般を確実に遂行するとともに、後輩・新人の指導を行う。 | ・高度な介護業務 ・業務報告の取りまとめ ・後輩、同僚への指導助言 |
一般職(初級) | 新人~初級 | 基本的な介護業務を確実に遂行する。 | ・通常の介護業務 ・業務報告 ・業務の改善提案 |
【注意点】
管理者、サービス提供責任者、生活相談員など、法令で配置が定められた職種があるだけ役職者がいない場合、職位を定めたとは言えないと判断されることがあります。
6 任用の要件
どうすれば昇格できるのかを設定します。
考え方の一例です。
勤続年数、資格、研修受講歴、実務経験、人事考課、昇格試験 |
自社の職位や職責、職務内容に応じて、階層ごとに必要な条件とします。
一つの条件で昇格できることとする、または複数条件により昇格できるようにすることでも構いません。
この任用の要件(昇格条件)についても、現状と乖離したものとなることは不満につながります。
また、厳しすぎてどうやっても昇格できないような条件であることも問題です。
現状を把握した上で、適切な任用の要件を設定することが求められます。
【注意点】
任用が経営者の一存で行われるような場合には、要件を満たしているとは言えません。
7 賃金体系
7-1 賃金体系の明確化
キャリアパス要件に対応するためには、職位に応じた賃金体系を明確にすることが求められています。
職務や職能に応じた等級を定めそれに応じた基本給を定めるといった手法や、役職、資格、能力、経験または職務内容等に応じた手当を定めるといった手法、あるいはそれらが総合的に連動する手法等が考えられます。
賃金体系を明確化することが求められていますので、例えば使用者の裁量で給与額が決まってしまうような賃金体系は不明確であるといえます。
7-2 キャリアパス要件Ⅲへの対応
キャリアパス要件Ⅰにおいては、職位等に応じた賃金体系を明確化することのみ要していましたが、キャリアパス要件Ⅲでは、昇給の仕組みを設けることを求めています。具体的には、経験、資格、評価に応じて定期に昇給する仕組みを設けることを要件としています。
平成29年1月30日 厚生労働省老健局振興課・老人保健課「介護保険最新情報vol.580「平成29年度介護報酬改定による介護職員処遇改善加算の拡張について」」より
経験は、勤続年数や経験年数に応じた基準が想定されています。
資格は、介護福祉士などの公的資格だけでなく、介護職員の資質向上につながる研修受講でも構いません。
複数資格の組み合わせのよって基準を定めることも考えられます。
評価は、人間性の評価であることは望ましくありません。業績や能力など職員の成果と仕事ぶりを評価するものです。
評価は昇級や昇格、給与などの処遇にかかわる根拠となるものであるため、公平な基準でなければなりません。
あらかじめ評価基準を定め、公平に評価を行うことが大切になります。
定期昇給であることが必要です。
毎年ということまでは求められておらず、事業所ごとに定期昇給時期について昇給条件とともに明文化し、職員に周知します。
【注意点】
原則として現状を把握した上で、実態に合った昇給基準を設けることが必要です。
また、新たに作成した基準によって、職員の給与が減少する場合は、不利益変更となる可能性があり、認められない場合もあります。
何より職員の処遇を改善する目的が一義的にあります。職員の納得性が得られる仕組みを構築することが重要です。
8 人材育成
キャリアパス要件Ⅱは、人材育成(資質向上)することを要件としています。研修の実施または資格取得のための支援のいずれかを行うことで要件を満たすことができます。それぞれ目標を設定し具体的な計画を策定した上で取り組みます。
8-1 研修の実施
研修はOJT、OFF-JTのいずれか、あるいは組み合わせて実施します。
「OJT」とは、職場の上司や先輩が通常の仕事を通じて、部下や後輩を指導・育成することをいいます。
「OFF-JT」とは、仕事を離れて
その他、SDS(自己啓発援助制度)があります。
以下は、人材育成計画の例です。資質向上のための目標と具体的な計画を策定します。
【人材育成計画の例】
職 位 | 目標レベル | 研修内容 |
施設長 | 管理職として組織を運営管理し、施設の目標達成するためのマネジメント手法を習得する。 | ・キャリアアップ研修(管理者) ・スーパービジョン研修 ・財務管理研修 |
部課長 | 部門業務の責任者として、チームマネジメント手法を習得する。 | ・キャリアアップ研修(リーダー) ・人事考課者研修 ・実習指導者講習 |
一般職(上級) | 中堅職員としてとして、さらに高度な知識や技術と、後輩・新人への指導方法の習得を目指す。 | ・キャリアアップ研修(中堅職員) ・OJT指導者研修 ・業務改善研修 |
一般職(初級) | 新任職員としての役割を理解し、基本的な業務のための知識・技術を身につける。 | ・キャリアアップ研修(初任者研修) ・職場でのコミュニケーション研修 ・ビジネスマナー研修 |
8-2 能力評価
キャリアパス要件では、研修の実施とあわせて能力評価を求めています。
これは研修の結果、介護職員の能力がどの程度向上したかを評価し、今後の指導に活かすことにつなげます。
ここでいう能力評価は、人事考課(人事評価)と別にして構いません。昇給や賞与などの処遇とは違い、介護職員の育成を目的としているためです。
能力評価に使用する評価シートの一例を下記に示します。
厚生労働省が作成した「職業能力評価シート」です。
職業能力評価シートは、キャリアレベルに応じて準備されています。該当する評価シートを自社に合わせて作成することが可能です。
【キャリアマップ(在宅介護業)】
(厚生労働省「職業能力評価基準」より)
以下は、「訪問介護介護サービス」における「レベル1」の職業能力評価シートの抜粋です。
【職業能力評価シート(訪問介護サービスレベル1)
8-3 資格取得のための支援
キャリアパス要件Ⅱ(「イ」の「ニ」)では、「資格取得の支援」についても定められています。
キャリアパス要件Ⅱ(「イ」の「一」)の「研修・能力評価の実施」のいずれか、または双方を実施することとなります。
資格取得の支援は、目標を設定し、計画を策定して実施します。
具体的な支援として、研修のための勤務シフトの調整、休暇の付与、費用(交通費、受講料等)の援助などがあげられます。
【注意点】
研修などについて受講を指示しているが計画書がないといった場合、研修が計画的に行われているとはみなされません。
また、計画書の存在を経営陣など一部のみが把握していることは認められず、すべての職員に周知していることが要件となっています。
9 キャリアパス作成のポイント
キャリアパスを作成するにあたってのポイントを説明いたします。
キャリアパスの各要素を設計するために共通するポイントです。
9-1 現状を把握する
現在の自社の処遇について把握することが重要です。
キャリアパス要件に該当する事項について、どのような状況で、どこに課題があるのか把握します。
現状把握がキャリアパス作成のスタートになります。
9-2 見える化する
中小企業・小規模企業においては、上記現状について明文化されていないことが多くなっています。
キャリアパスの構築は、経営者や職員の頭の中にある情報を見える化する作業となります。
明文化することで課題が明確になるという利点もあります。
9-3 一緒につくる
現状把握を行い、見える化した結果、課題が明確になります。
その課題を解決する方法として、どのようなキャリアパスが求められるのかを経営者の一存で決めるのではなく、職員と一緒に設計することが望ましいと考えます。
人材不足の解消を背景にしたキャリアパス制度です。策定したキャリアパスに不満を持って離職するようなことがあっては本末転倒です。
納得性のあるキャリアパスを策定するためにも職員の意見を取り入れることは有効な手段となります。
キャリアパスを作成することは、キャリアパスシートを埋める作業ではないことを理解しましょう。
職員の処遇、ひいては経営の根幹となるヒトのモチベーションにもつながるキャリアパスを作成することは、重要かつ大変な作業となります。
ニア・コンサルティングでは、これらの制度設計についての支援を行っております。
最終更新日:2022/3/3